【自分メンテナンスでストレスフリーな人生を】飯田橋・神楽坂オステオパシー&ヒーリングサロン hic et nunc-luxus-

東京千代田区 飯田橋・神楽坂 ヒーリング&クラニオセイクラルオステオパシーhic et nuncオーナー天音のブログ。自分のメンテナンスは成功のエッセンス。

大切なのはかっこ悪いくらい夢中になること

天音です。

3泊4日の滋賀〜大阪のオステオパシー修行の旅が終わり
東京に帰って来ました。

梅雨明けからずっと
曇ったり雨が降っている東京から抜け出して
晴天の空の下で夏らしい暑さを感じられたこともよかった。

仕事と勉強の夏休み。
私にとっては贅沢すぎるくらいの夏休みでした。

いま自分の好きなことが仕事になっていること。
オステオパシーの仲間と出会えたこと。
施術やセッションを受けて元気になるクライアントさんがいること。

どれをとっても喜びしかないなと思う。


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そんな喜びの中で感じたのは

「初心忘れるべからず」という想い。

東京に帰ってくると
東京のオステオパシー仲間(東京組)から練習会のお誘いがあった。

めちゃくちゃ嬉しかった。

夢中になるくらいじゃないと
成長することも、夢を掴むこともできない。

そういう想いが再び蘇って来ました。

この世界は自分一人では確認できないことだらけ。

もちろん内観することは大切だけど
自分以外の誰かを通してでしか確認できないことの方が多い。

お互いの存在が自分の気づきのきっかけになる。

施術も同じで
施術が身体を治すわけではなくて

身体が良くなるきっかけを与えるだけ。

オステオパシーの治療が

100パーセントの治療ではなくて
51パーセントの治療であるのも残りの49パーセントは
その人自身の治癒力が体を治すから。

身体だけじゃなくて、心も同じだよね。

このブログももう一回初心に戻って
書いていこうと思っています。

あんまり格好つけないで(笑)



そんな「初心忘れるべからず」的な過去記事を見つけたので
シェアしておこうと思う。

格好悪く夢を追いかける自分を忘れないように。


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12年前に自分の施術ベッドを購入した時
私はアロマトリートメントのスクールに行っている最中。

 

ベッドを購入しようなんて考えてもなかったのですが
実技試験の前に練習の為にベッドを購入した方がいい
とアドバイスをもらい購入しました。

ですが
この時、私は離婚したばかりで無一文。

時給800円のアルバイトも始めたばかりで
施術ベッドを買う余裕なんて全くなかった。

だから、別れた旦那さんがくれた
婚約指輪を質屋に入れてそのお金でこのベッドを買いました。

ひどいですか?(苦笑)
当時は複雑な想いでしたねー。

別れたとはいえ
それこそ思い出のある指輪でしたからね。

 

もちろん、元旦那さんに対して
罪悪感もありましたよ。
言うならば、約束を交わした証ですから。

でも、旦那さんとの別れがなかったら今の私は存在しませんからね。
今は元旦那さんには感謝しかないですね。

指輪をベッドに変えたことをきっかけに
私の中で強い決意が生まれました。

当時はただのスクール生。

今みたいに
女性が起業するのも多くはない時代だし

自分にセラピストが向いているかどうかもわからない。

アルバイトを掛け持ちしながら
子供を抱えてどうやって生きて行くのかも全く見えない状態。

それなのに決意しちゃったんです。
「私は生涯セラピストとして生きて行こう」って。

あの時のどんな心情だったのかは
もうぼんやりとして思い出すのも難しいけど

離婚した自分への責任みたいなものが強かったように思います。

自分で決めた離婚。
だから、自分の足で立とうってね。


それもやるなら
とことんやって、一流を目指そう。

極上のアロマトリートメントができる
セラピストになろうってね。

 

まあ、今目指しているのは
「世界一のヒーラー」ですけどね。

 

それからというもの

バイト先の同僚にお願いして練習を沢山させてもらいました。
軽自動車にベッドを乗せて家まで行って施術。

それも、いろんな人の身体を触らないといけないと思って
10人以上のバイトの同僚に頭をさげて練習をさせてもらいましたね。

同僚の親やお子さん、
その友達も呼んでもらったりして。

気持ちよかったわよ~って
練習させてもらってるのにお金をくれた人もいました。

実技試験の前の2ヶ月は
アルバイトの合間を見てはひたすら練習。

今思うとすごいバイタリティーがあったなあと。

そのくらいとんでもないコミット力だったし必死でした。

他に経験も資格もなにもない10年間ただの専業主婦だった私には
もうこれしかないと思ったんですよね。

だから、休みがなくてもなんでもひたすら練習がしたかった。

要するにしがみついたんです。

 

不安でどうしようもなくて
しがみつくところがなかったから自分の夢を作ってしがみついた。

でもその結果として今の私があるんですよね。

この頃の私がドストイックの原型なのかもしれないけれど
自分の夢ぐらいドストイックになってもいいじゃないですか。

というかそれぐらいやろうよ。
夢叶えたかったらさ。

 

私も起業したい方の相談を受けるけど

練習相手がいないとか
場所がないとか
時間がないとか

やらない理由がやっぱり多いんですよ。

ただ、やればいいし
むしろやってないということは
やりたくないのでは?と思ってしまう。

練習相手なんて頭下げてお願いしたら
断る人なんてほとんどいません。

真剣さが伝われば
協力してくれる人はいます。

場所だって
レンタルサロンや区民センターとかを探せばいいし
時間なんて本当は調整できるもの。


休みなんていらないから練習しようって
必死に夢を追いかけてたらそうなるんじゃないのかな?

というかそうならないのは
むしろドハマリしてないからなのかもしれません。

ドハマリしてとことんやるのには
ドMというのが条件なのかもしれませんが(笑)

やりたいことやるのに
躊躇なんかできないですからね。

 

こんな私を
12年間ずっと支えてくれた施術ベッドちゃん。

私の一番辛い時期を知っているのはこの子だけ。
私のドMっぷりを微笑ましく見守ってくれていました。

本当に感謝しかないですね。

この世界に足を踏み入れてから12年が経って
アロマトリートメントから
ヒーリングやクレニオに手技は変わったけれど

いまも施術やセッションができているのは

あの必死こいて
このベッドちゃんを担ぎながら練習していた日々があったからだと思うんです。

 

離婚して、一文無しでマックやお惣菜屋さんを掛け持ちして
清掃のバイトもしてたなりふり構わず必死こいてた

格好悪い自分がいたから
ずっと諦めずにここまできたんでしょう。

夢を持っているそこのあなた!

格好悪く夢を
必死こいて追いかけてくださいね。

諦めなければ
道は必ず開くから。


ではではーありがとうございました。(2015年11月)

 

 

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天音美保

  

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身体はその人に生き方が可視化されたもの

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想いを言葉にすること。

こうやってブログやメールで
想いを言葉にすることが今でこそ当たり前になった。

施術やセッションを受けてもらうのも
綴った言葉がきっかけになる。

今月はブログ強化月間ということで
FBや諸々の投稿を控えてみることにした。

なんだかんだで、こうやってブログを書き始めて
もう15年ぐらい経つ。

削除したブログも10個くらいになるかな。

自分が今みたいに
手や言葉を使って想いを伝える仕事をしているなんて

これっぽっちも考えていない時期に
どうしてブログを書き始めたのかというと

誰にも言えない想いを可視化して
自分の心の中を整理するためだった。

そういえば、先日リリースされた
宇多田ヒカルの「大空で抱きしめて」の歌詞の特設サイトを見つけた。

www.utadahikaru.jp

 

楽曲はぼんやりと聴いたことがあったけれど
初めて歌詞を読んだ。

歌詞のような恋をしたのは一体いつだったか・・・
だからとても懐かしい感じがした。

ちなみに私が一番グッときた歌詞は

純なあなたが誤解するから
おしゃべりな私を黙らせて
傷ついたのはお互い様だから四の五の言わずに抱き寄せて

 

のところかな。
こういうの弱いです。

もうずっと前に読んだとあるアーティストのインタビューで
「歌詞を書いたり、歌を歌ったり、この仕事は自分の想い出と常に一緒」

と答えていたのを思い出した。

それが実体験であれ
映画や小説の中の話であれ

言葉を綴る時は確かに想い出と密接だ。

 


言葉の可視化で見えてくるもの

 

言葉の中には形にならないものが
たくさん含まれている。

放った言葉と受け取った言葉の意味が
あべこべになることなんて当たり前のことだから

言葉でお互いを理解し合うなんて無謀な試みだと個人的には思う。

それぞれの人の中にはすでに決まった文法が作られていて
受け取った言葉を自分の文法に当てはめて理解しようとするのね。
(そういう脳の仕組みがあります)

だから言葉でやり取りをするなんて
最初から無理な話で・・・

それでも人はこうやって想いを言葉にして伝えようとするし
言葉にして受け取りたいと願う。

言葉は罪だなと思う。

 


この仕事をしていると
本当に毎日毎日たくさんの人の身体に触れる。

身体は音のない言葉。
手で触れて静かに耳をすますといろんな音がする。

声になる前の言葉。
それを無理に言葉として理解しようとすると別の理解になる。

だからただ受け止めるだけでいい。
そんな理解もあるんだよね。

カウンセリングの時も
実はぼんやりと言葉を音楽のように聞いている時がある。

そうすると

相手からその言葉だけ
違う音の周波数みたいなポロリと言葉が出てくるときがある。

そのポロリと出た言葉が
全ての問題を紐解くマジックワードだったりする。

だからカウンセリングはついつい長くなってしまう。

究極、本当のことを言葉にしている人なんてそういない。
だからやっぱり思う。

言葉は罪だな。

私は自分ではベラベラと話すような人間ではないと思うけれど
(自分ではね)

こうやって日々文章を書いているのだから本当はおしゃべりなんだろうね。

で、まだ見たこともあったことのないあなたとも
文章を通してコミュニケーションを取る。

私が文章をツラツラと書くのは
そんなあなたと会う為です。

出会いの種まきをこうして毎日しています。


嘘をつけない言葉


8月からクライアントさんと
半年間の継続プログラムが始まった。

身体と心へのアプローチ、自分の棚卸し、計画、実践と
半年間みっちりと二人三脚で夢を形にするプログラムである。

いくつかの宿題を出して、
実践してフィードバックしてもらうのだけど

今回は好きなもの、嫌いなもの、気になるもの、大切なもの等々
ひたすら書き出してもらう宿題を出した。

宿題をしているうちに彼女は
「天音さんに伝えたことと違うものが出てきた」と気づいた。

言葉って本当にそんなもので
振り絞って振り絞って最後に出てきた言葉が

その人の本物であることが多い。

それはその人の核なのかもしれないし、
もっと純粋な光のようなものかもしれない。

その光に触れた時
自分自身が自分と繋がりを取り戻していくのだと思う。

身体という言葉も同じで
身体の緊張や痛みや硬さや動かない部分が解放された時に

何かこう自分の本質的な部分に触れるのだと思う。

身体はその人に生き方が可視化されたもの。
身体は言葉以上に嘘がつけないよね。


ではでは、ありがとうございました。

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天音美保

  

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